茶道にはさまざまな流派があります。表千家、裏千家…それらの違いはなんなのでしょう。作法?道具?茶碗?歴史の違い?…いろいろな茶道の流派が早わかりできるページです。
茶道の流派はいろいろ。千利休「以前」の流派事情は…
茶道には多くの流派が存在しています。
茶道といえば、やはり想起されるのは千利休(せんのりきゅう)です。
そして、事実、千利休の弟子達が多くの流派を生み出していきました。
しかし、この千利休以前にも幾つかの流派が存在しています。
(流派と呼ぶべきかどうかの問題はありますが)
たとえば、千利休も最初から大家だったわけでなく、彼にも師がいました。
それが武野紹鴎は「堺流(さかいりゅう)」でありましたし、他にも村田珠光 の「奈良流(ならりゅう)」、能阿弥 の「東山流(ひがしやまりゅう)」、玉置一咄の「瑞穂流(みずほりゅう)」などがあったとされています。
なお、村田珠光 の「珠光流(じゅこうりゅう)」と玉置一咄の「瑞穂流(みずほりゅう)」は現存しています。
茶道の流派、表千家・裏千家など千利休のDNAが時を超えて花咲かす。
茶道は千利休以後、武家を中心に発展していきました。
そのため、「武家茶道」、と呼ばれる流派が多く生み出されたのです。
千利休の実子である千道安は本家の「堺千家(さかいせんけ)」を継ぎましたが、ここからも「宗和流 」「石州流」「鎮信流」「不昧流 」などに分かれていきました。
また、千利休の直弟子や利休七哲、古田織部など利休の流れをくむ者を創始者とするものとしては、「藪内流 」「織部流 」「上田宗箇流 」「遠州流 」「三斎流」など数多くあります。
その後、茶の湯=茶道は町人の階級にも広がりを見せることになり、その際の有名な流派としては「三千家(さんせんけ)」があります。
これは 千利休の後の妻の連れ子であった千少庵の流れで、「茶道の流派はどこまでいっても千利休」という感じがします。
三千家は以下のみっつです。
・武者小路千家(むしゃのこうじせんけ)
・表千家(おもてせんけ)
・裏千家(うらせんけ)
千少庵は千利休の子供(実子ではない)にあたりますが、そのまた子供(千利休の孫)の千宗旦が、千利休本来の「わび茶」を再興したのですが、その千宗旦の子供たちが興したのがこの「三千家」。
武者小路千家=次男、表千家=三男、裏千家=四男、というわけです。
さて、茶道の教室を探す場合には多くの流派があるため、どの流派を選べばよいか、判断に迷うかもしれません。
そもそも、流派によってなにが違うのでしょう。
思想?哲学?考え方?道具?ふくさ?作法?茶碗????
これが、なかなか説得力のある「違い」が見つかりません。
ただ、各流派は地域と密着しているケースも多く、他の場所では習うことができない流派も存在します。
引っ越しなどを考えたときは、三千家など、ある程度全国的にメジャーな流派のほうが続けやすいかもしれません。